7000~8000年前、富士山型だった有珠山は山体が崩壊して岩屑なだれを引き起こし、ほぼ瞬時に噴火湾へと流れ込んだ。さぞかし大きな津波が起こり、対岸の鹿部や南茅部では酷い目に遭ったろう。お返しにというわけでもなかろうが、1640年の渡島駒ヶ岳で起こった岩屑なだれでも津波が起こり、対岸の当たる有珠湾周辺で700人以上の死者を出したという。自然とはこういうものであろう。岩屑なだれの痕跡は現在、岬や入り江、沖の岩礁となって名残をとどめている。
岬の付け根には有珠 アルトリ海岸ネイチャーハウスがあり、海浜生物の資料が整っている。有珠洞爺湖火山マイスターでもある、ネイチャーハウスの福田さんによると、アルトリの地名は「より遠くにある」の意で、この画像の岬の陰に当たる長い浜の名だったという。小高い岬そのものはイソキソキ(キツツキの意)が本来の名だそうだ。中央左手の尖った岩はモシリワコツシラルという名だという。私の勝手な解釈ではモシリ・ワコツ・シラルで「島に近い磯」という意味か。福田さんに聞いてみなくては。